「ほっ」と。キャンペーン

徒然に。イースター島&ボラボラ島旅行記がおすすめ!


by kokoro-rokuro
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2007年 07月 ( 10 )   > この月の画像一覧

ラパヌイ・コラム

個人旅行者のための海外ホテル比較予約サイト「アップルワールド」で、『世界のへそ、イースター島滞在記』なるコラムがアップされている。いい感じで、消えちゃうともったいないので、転載させていただきます。

また行きたいなぁ・・・。



●引用開始●

f0086492_15203311.jpg


~南米の孤島、イースター島の意外な素顔をレポートします。

飛行機を出ると、「ムオッ」という熱風が顔をとり巻いた。11月半ば、ここ南半球ではこれから夏を迎えるのだが、湿気を含んだ重たい空気はすでに真夏のものだった。

【 目 次 】
Vol.1 イースター島に降り立つ
Vol.2 死火山となったラノ・カウ
Vol.3 古代集落の遺跡オロンゴ
Vol.4 ラノ ララクのモアイたち
Vol.5 美味しい"サチミ"

Vol.1 イースター島に降り立つ

飛行機を出ると、「ムオッ」という熱風が顔をとり巻いた。11月半ば、ここ南半球ではこれから夏を迎えるのだが、湿気を含んだ重たい空気はすでに真夏のものだった。

今朝までチリ南部の町、プエルトモンをうろついていた。パタゴニアの玄関口というだけあって、連日雨は降るわ風は冷たいわで、顔の筋肉はこわばりっぱなしだった。それが数時間後の今、太平洋上に浮かぶトロピカルな島にいる。

1722年4月6日、オランダの提督ヤコブ・ロッゲフェ-ンはチリ海岸から約500カイリの海域にこの小さな岩島を見つけ、その日が復活祭にあたることから“イ-スタ-島”と名付けた。イ-スタ-島は現地の言葉ではラパ ヌイといい、“世界のヘソ”という意味をもっている。一番近い島まで1900キロと、地球上で最も孤立したこの島の人々は、ここが世界の中心であると長い間信じていた。

イ-スタ-島と聞いて、真っ先に思いつくのは"モアイ"である。というよりモアイ以外なにも思いつかない。正直言って僕は最近までチリ領であることすら知らなかったし、もっとひどいことにイ-スタ-島を無人島だと思いこんでいた。「謎の文明」「モアイの謎」と、やたら「謎」が付くもんだから、人間の生活の営みが無いところにいきなり遺跡だけが残っているのだと勝手に想像していたのである。がしかし周囲約60キロ、総面積165平方キロのこの小さな島にも大昔から人はいた。

島の名前と同じラパ ヌイとよばれる人々は人種としてはポリネシア系。日に焼けた褐色の肌、はっきりした目鼻立ち、ハワイ出身のお相撲さん顔である。言語もラパ ヌイという。やはりポリネシア系の言語で、タヒチなどで話されている言葉に酷似している。もちろん地元の人は全て、チリの公用語であるスペイン語も話せるバイリンガルだ。


Vol.2 死火山となったラノ・カウ

イ-スタ-島の歴史は長いが、西洋人が入りこんでからは悲しい歴史の繰り返しであったらしい。

外部文明が入りこんだことで島内は混乱を極め、度重なる内戦、病気の蔓延、侵略者による奴隷狩りの末、2000人はいた島民は一時100人程度まで激減した。イ-スタ-文明のカギを握る謎の象形文字を解読できる者は、このとき死に絶えてしまったという。

空港を出てホテル・マナバイに着いたときには、すでに夜の10時をまわっていた。ホテルの主人はラパ ヌイの血をひく草刈正雄似の男で、僕をやさしく歓迎してくれた。

久々の"島"の旅に居てもても立ってもいられなかった僕は、真夜中ではあるがちょっとその辺をぶらつきに出た。

f0086492_15214864.jpg

島内の墓地は、意外なほどに美しい


風が相当強いのだろう、道沿いには石垣が組まれ、明かりをともした家々は全て平屋建てであった。以前訪れた沖縄の西表島の風景によく似ていた。

薄暗い道を海岸目指して歩いていくと、こちらの方向になにやら向かってくる。ライトの光も無ければエンジン音もないので、車やバイクの類ではない。打ち寄せる波の音にまじって近づいてきたのは、「パカッ、パカッ、パカッ!」という馬のひずめの音だった。一瞬ひるんで石像のごとくかたまってしまった僕の傍らを、パイナップルのようなヘア-スタイルをした男を乗せた馬が疾風のごとく走り去っていった。

島では馬がフツ-に闊歩していると聞いていたが、いきなり暗闇から登場されるとビビル。しばらく呆然とパイナップルの後姿を眺めていたが、同時に何かワクワクしたものがこみ上げてきた。


イ-スタ-島は簡単にいえば三角形の形をしていて、そのおのおのの隅には火山がある。その一つ、南西部に位置するラノ・カウ火山から散策をスタ-トすることにした。

標高約300m、ホテルがある村から7~8キロの距離だ。今回は島自体がそんなに大きくないし、道も単純で迷うことも少ないだろうと判断して、独りで動き回ることにした。

交通手段はいろいろあるが、レンタカ-は高いのでバツ。バイクは運転できない。馬は以前ペル-のクスコを旅したときに初めて乗ったのだが、何度も振り落とされそうになり、強烈な恐怖体験となってるので自動的にパス。ということで自転車を借りることにした。自転車といっても日本のメ-カ-のマウンテンバイクで、かなり立派なものだ。

「おおっ、この自転車なら島を1周できるかもしれない。」
と大げさに喜んで跳び乗った。天気は良好、海岸線のダ-ト道を太平洋の風を受けながら軽快に走っていく。海は「これでもか!」というぐらいに青く、大地の緑も太陽の光でまぶしいくらいに輝いている。そんな風景をしばらく見ているとまるで島の開拓者にでもなったような気分になった。


f0086492_1522272.jpg

パレットの絵の具のような、ラノ・カウの火口

しかし、そんな幸せな時間は登りにさしかかってすぐに終了した。傾斜はさほどキツくないが10分も走っていると息があがった。
「甘かったかな・・・。」と半分後悔したがもう後戻りは出来ない。心臓はバクバクとフル回転で血液を押し出し、腿や尻の筋肉もプルプル震え、頭も半分酸欠状態でやっとこさ山頂に着いた。

自転車を停め、火口を見渡せる展望台までよじ登ると目の前に広がったのは、脳ミソがしびれるような衝撃的な光景だった。

もはや死火山となったラノ・カウの火口は、すり鉢というよりむしろタライのような地形をしており、その底の部分には無数の水たまりが広がっている。水面には、空や周りに生える植物の色が複雑に絡み合って映し出され、巨大な絵の具のパレットを造っていた。自然が作り出した完璧な芸術がそこにはあった。



Vol.3 古代集落の遺跡オロンゴ

ラノ・カウにはもう一つ見所がある。火口の縁に建つオロンゴとよばれる古代集落の遺跡だ。かつてここでは「鳥人儀礼」というものが行われていた。簡単に言えば複数の部族の人々の間で争われる「島の権力争奪戦」である。

各部族の長は自分の戦士を一人指名し、沖合いにある小さな岩島に海鳥の卵を獲りに行かせる。そしてその卵を一番早く持ち帰った戦士の長が、次の一年間「鳥人」として村人に崇められ、政治的実権をもにぎることができた。部下の手柄で上司が潤うあたりが会社的で悲しい。

f0086492_15232393.jpg

切り立った崖のオロンゴ


後でイ-スタ-島の歴史を映画化した「ラパ ヌイ」というタイトルのビデオを見たが、その中に描かれている「鳥人儀礼」は恐ろしく壮絶なものだった。オロンゴから海に出るまでの断崖絶壁から誤って転落死するものもいれば、泳いでる途中サメに喰われてしまうものもいて、絶対に参加したくない命がけのトライアスロンなのだった。

ラノ カウで恍惚の境地に浸って、いったんホテルに戻った。軽く昼食を済ませた後、いよいよモアイの散策に出かけることにする。

モアイは島全体に散らばっている。村の周辺の海岸線にも何体か立っているが、最大の見所は島の南東に位置する“ラノ ララク”だ。ここは全てのモアイを製造していた石切場で、現存するモアイの大半がある。村から約20キロ、自転車でいくにはけっこうな距離だが体力もだいぶ回復しているし、地図を見る限りアップダウンもそう激しくないように見えた。
「時間は十分あるし、ゆっくりいけば大丈夫だろう。」と、ノ-テンキに出発したのだが、この判断はおおいに間違っていた。力強く突き進んでいたのは最初の30分だけで、ギラギラとした太陽は容赦なく僕の体力を奪い、未舗装の路面の衝撃は、じわじわとジャブのように尻に効いてきた。


「これはヤバイかもしれない・・・。」と再び不安になり、頻繁に休憩をとることにした。しかし、行けども行けどもモアイ群は現れず、ただ単純な牧歌的風景が繰り返されるばかりである。たまに放牧されている牛や馬たちが唯一のアクセントだった。

「なにか珍しい動物でもいないのかな?」そういえば島に上陸してから目にした動物は馬、牛、犬ぐらいなもので、「なんだこれは?」と言いたくなるような孤島に生息しがちな珍獣はただの一匹も見ていない。

後で聞いた話だがイ-スタ-島固有の野生動物は小さなネズミぐらいで、ほとんど何もいない状態に等しいらしい。毒蛇はおろか、蛇自体存在せず、虫にいたってもゴキブリがうろうろしてるぐらいで有毒なものは皆無であるという。不思議というか、非常に平和的ではあるが、動物好きの僕にとってはかなり物足りなかった。


f0086492_15235088.jpg

目の前にそびえるラノ ララク

さらに一時間ほど走って、体中の骨がギシギシと悲鳴をあげ始めたころ、遠くの方にたくさんのハエがたかったような山肌が見えてきた。

「頼むからあれであってくれ。」祈りながら近づいていくと、ハエはどんどんモアイの顔になっていった。相当疲労は激しかったが、テレビの画面でしか見たことのないあの光景が目の前に広がると再びエネルギ-が充電されたように身体中が熱くなった。


Vol.4 ラノ ララクのモアイたち

ラノ ララクは岩でできた小高い丘で、この岩を切り出してモアイは造られたらしい。その製造目的は未だに謎で、学者によって説が異なる。「偶像だ」という人もいれば、「国王や酋長を記念するため造られた」という人もいる。

昔見たテレビでは「宇宙人の手によるものかもしれない」とワクワクするようなことをいっていた。理由は何であれ、ここでモアイが造られていたのは明らかで、横たわったまま岩からまだ切り離されていない未完成ののモアイも何体かあった。何が起こったか知らないがある日突然作業が停止してしまい、現在まで放置されたままなのだった。
f0086492_15243236.jpg

ラノ ララクのモアイたち


f0086492_1525253.jpg

なかなかの“男前”


「う~む・・・。」
高さ3メ-トルほどのモアイを間近で見上げ、意味のない唸りをあげた。よく見るとここのモアイは皆男前である。海岸線に並んでいるモアイと違って顔の輪郭といいあごのしゃくれ具合といい、デザイン的にモダンな感じがする。

最初にこの島を訪れたヨ-ロッパ人の中には、モアイを「お粗末な作品」と罵倒した者もいたらしいが、僕はそうは思わない。彫刻の技術のことはよくわからないが、デザインに関しては他に類を見ない、オリジナリティ-にあふれたものだと思うのだ。

考古学者顔でえらそうにモアイを見た後、再び自転車にまたがって気合を入れなおした。なんとしてでも村までたどり着かなくてはならない。持参した水も残り少ないので、なるべく体力を消耗しないようにゆっくり、ゆっくり進んだ。
が、5分もたたないうちに再び足が震え始めた。ヨロヨロとよろめきながらカメのようなスピ-ドで走っていると、後方から車が近づいてくるのを感じた。

サッと抜き去っていくのかと思ったが、しばらくマラソンの伴走車のように僕の後ろにぴたりとついてくる。そしておもむろに僕の隣にきて、親指で後ろを指差し、「乗れ。」とひとこといった。


Vol.5 美味しい"サチミ"

見ると車は荷台のあるトラックタイプで、自転車もろとも乗っていけるという都合のいいものだった。心の底から「助かった。」と胸をなでおろし、何度も礼を言って車に乗り込んだ。

乗っていた男二人は土建屋風で、仕事を終えて村に戻るところといった感じであった。おそらく僕の心もとない自転車のこぎぶりをしばらく観察して、「こりゃ、村に着く前にあの世に着いちまうな。」とでも思ったのだろう。やれやれといった感じで僕を乗せた彼らは終始無言であった。


滞在中、夕暮れ時になると僕はきまって港に釣りに行った。こんなこともあろうかと釣り道具一式を日本から持参してきたのだった。何が釣れるかはわからないが、太平洋のど真ん中、おびただしい数の魚がウヨウヨしていることは間違いない。

期待に胸膨らませてルア-(疑似餌)を引くと、「ググッ!」っとすぐにアタリがあった。おそらくルア-など初めて見たに違いない。「オッ、なにか変なものが泳いでるぞ!」と言わんばかりにアタックしてきた。

「何が揚がってくるんだろう?」ワクワクしながらリ-ルを巻き上げるとなにやら細長いモノが水面に姿を現わした。一瞬木の枝かと思ったが、ウネウネもがいているので生き物であることは間違いない。

f0086492_1526091.jpg

アフ タハイのモアイたち


揚げてみると口も体も管のように長く、顔だけ見ればえらくブサイクな珍魚であった。近くにいた漁師風のオジさんに「これは食えるのか?」と聞くと、「ああ、うまい魚だよ。"サチミ"で食うといい。」と言った。

"サチミ"とは"サシミ"のことである。イ-スタ-島では生魚を食う習慣があり、マグロをはじめアジやメジナなど、日本でもおなじみの魚を大昔から食していた。同じ食文化を持つ我々日本人観光客から、"サシミ"という言葉を教えてもらったらしく、外来語としてかなり普及していた。ただ、"シ"の発音が彼らには難しいらしく、どうしても"サチミ"と可愛らしくなってしまう。

ホテルに帰って台所を貸してもらい、"サチミ"を作ってみた。さて醤油も無いし、何で食おうかなと考えていると、草刈正雄似のホテルの主人が、「醤油あるよ。」といってダンディ-にキッコ-マンの醤油を持ってきた。サシミという言葉のみならず、醤油の味まで普及しているとは恐るべし日本文化。物資の不足している孤島で、醤油と再会するとはまことに驚きだった。


珍魚の味もまた驚きであった。姿の奇妙な魚ほど、その身は上品で美味しいといわれるが、この魚の身も雪のように白くもっちりとした歯ごたえがあった。なぜか草刈正雄をはじめホテルのスタッフもこの魚をサシミで食うのは初めてだったらしく、そのウマさに驚いていた。

旅の後半は、大雨に見舞われた。「この時期は夕方にスコ-ルがあるぐらいで、そんなに降らないよ。」と聞かされていた雨は、強い風とともにゴ-ゴ-と音を立てて二日間降り続いた。昨日までの照りつける太陽が一変して、南国のもう一つの顔を僕に見せつけた。1歩も外には出れず、嵐に翻弄されるパパイヤの木をただ眺めているしかなかった。


f0086492_15263172.jpg

村で出会った少女。ひとなつっこい笑みが印象的だった。

島を離れる前夜、ホテルのスタッフの一人で仲良くなったパトの家に招待された。パトは口ひげを生やした大男で、見た目はちょっと怖いが陽気でおおらかな、気持ちのいい奴だった。庭先のテラスでみやげに買ってきたピスコ酒を飲みながら、釣りの仕掛けや魚の調理法の話でおおいに盛り上がった。

「見ろ、この魚は釣るのがすごく難しいんだ。」彼はさっき釣ってきたばかりだという絵の具をぬったような全身まっ黄色の魚を台所から持ってきて、得意げに言う。

「どうやって食うんだ?」姿だけ見ればおよそウマそうには見えないその魚をどう料理するのか、僕は興味津々だった。

「トマトやたまねぎといっしょにス-プにする。」ボソリと言って、包丁を持ち出しその巨大なゴツゴツした手で、手際よく野菜や魚をカットしていった。大男のパトが細かい作業をする姿は、見ていてとてもユ-モラスである。


はたして、出来あがったス-プはこの島の歴史同様、「ウ~ム・・・」と頭を傾げたくなるような"謎"の味だった。ただ、モアイを造った一族の末裔の料理だと思うと無条件にありがたく思えてしまうのだった。

「次はいつ島に戻ってくるんだ?俺、船を持ってるから今度は一緒にマグロを釣りに行こう!」彼はでかい目をさらに大きくして言った。
「さあ、いつこれるかな・・・。」僕はピスコ酒を片手にあやふやに答えた。ちょっと飲みすぎたらしい。浜から吹いてくる夜風が心地いい。
「マグロか、いいなあ・・・。」月明かりに照らされたヤシの木を眺めながら、船で沖に出る二人の姿をぼんやりと考えていた。


●引用終了●
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-29 15:33 | ラパヌイ

夏も冬も

夏休みが近づいてきた。仕事を忘れて思いっきり遊ぼう!ということで、コンパクトデジタルカメラの購入を決めた。普段はNIKONの一眼レフカメラ、D70を持ち歩くが、夏は海!水の中を綺麗に撮影したいという思いから、防水デジカメを探していた。

検討対象はオリンパスμ770SWペンタックスOptioW30富士写真フイルムFinePixF31fd+ハウジング(防水ケース)の3種類。値段ではペンタックスが最も安いものの、デザインはオリンパス。評判がいいのは富士写真フイルム。ずいぶんと頭を悩ませた。

f0086492_2236431.jpg

オリンパスμ770SW

f0086492_22361484.jpg

ペンタックスOptioW30

f0086492_2241107.jpg

富士写真フイルムFinePixF31fd



この中から決めたのはオリンパスのμ770SW。デザインがいいのと、そのまま水の中に突っ込める手軽さ。さらにアマゾンでお値打ち価格になっていたことが背中を押した。

ペンタックスの水深5メートルまでと比べ、2倍の10メートルまで耐えられる設計になっている。スノーケルだとそこまで必要ないかもしれないが、もう一つ、-10℃まで耐えられるつくりになっていることが決め手になった。寒いとこに行くと電池の消耗が激しいので、冬はゲレンデで期待してます^。^!

本当は去年に買って、タヒチ・ボラボラ島の綺麗な海を撮影できてれば良かったと思う今日この頃。まぁ後悔をしても仕方ないので、ことしの旅では思う存分、撮って来たい。来月の夏休みが楽しみだ。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-28 23:12 | 徒然なるままに

削って削って

11時過ぎに陶芸教室へ。もう昼前で、ゆっくり寝すぎた。また1カ月ぶりほど間があいてしまったので、忘れん坊です。

以前、作ったお皿の色付けから。深みのある1枚は黒織部ベース。撥水剤で柄をつけ、青なまこを重ね掛け。もう1枚の浅い皿は白萩に織部で水玉模様にした。

削りは湯呑み。一つは取っ手をつけてカップにしようかと考えていたけど、高台の形を変えるだけにした。分厚めなので、イメージはすし屋の湯呑みかな。

削ってる最中に力を入れすぎ、ろくろの上で湯呑みを大暴れさせてしまう失態をしてしまった。力を入れるから、粘土に引っかかる。側面に傷がついたけど、何とか修復^。^;

刃先を手で押さえて粘土にあて、角度を変えながら削れる部分を探す。力を入れなくても自然に削れます。残りは順調に削れました。

一輪挿しは、久々に「シッタ」を使って削った。長ぼそいので周りから土管のようなシッタで支え削る。少しゆがんだのかして、ちょっと斜めになってしまった点が反省材料。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-21 22:27 | 陶芸
ルパン三世のテーマがホール中に鳴り響き、聴衆は体でリズムを刻む。。。地下2階の一室で、サックスやトランペット、ピアノなどによる演奏が約90分にもわたって続いた。初めてのコンサートは名古屋ブルーノート。いきなりジャズに行く人間も珍しいのではないだろうか・・・。

f0086492_0253398.gif

今夜、楽しんだのは、Yuji Ohno & Lupintic Five~LUPIN!LUPIN!!LUPIN!!! JAZZ LIVE~。ことしはなんと、「ルパン3世のテーマ」が誕生して(もちろんアニメも生まれて)30年。もひとつ言うと、モンキー・パンチの漫画ルパン三世が誕生して40年、不惑を迎えたそうです。
f0086492_0445997.gif

演奏内容は、ぼくの知らない楽曲もあったが、銭形のとっつぁんのテーマ、峰不二子のテーマになってしまったと話していたラブスコール、次元のテーマ、愛のテーマなど、耳になじんだ曲も多く演奏してくれた。
f0086492_0433394.gif

曲中では、サックス、トランペット、ギター、ピアノ、ベース、ドラムの独演シーンも設けており、大野雄二さんが「日本一」と評していた演奏者の技術を惜しみなく披露してくれた。ルパン三世のジャズCDが発売されているようで、さっそく明日にでも探してみよう。



仕事で忙しい平日、たまには抜け出し、こんな一夜を過ごすのも悪くない。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-19 00:48 | 徒然なるままに

大相撲名古屋場所9日目

3連休の最終日は初めての大相撲観戦で愛知県立体育館に。8時半が開場で、9時過ぎに席に着いた。真っ青な空を見て、館内で1日を過ごすのがもったいない気がした。。。中越沖地震で揺れてビックリもした。
f0086492_20432891.jpg


序二段の取り組み中で、館内はガラガラ。黒いまわしをつけた力士が奮闘するも、幕内と比べ最初のガチンコは弱く、迫力に欠ける。髷の結えない力士がいると、もしかすると有望株なのか!と思いながら眺めていた。
f0086492_20534639.jpg

f0086492_20563952.jpg


今日は、地元の名古屋大を卒業して入門した舛名大の取り組みもあり、勝って大きな拍手をもらっていた。
f0086492_2152252.jpg

        (快勝した舛名大)

物言いのつく取り組みもあった。江橋vs貴浦太で、力士の足が俵の外に出たと思った行司が相撲をとめたが、審判は出ていないと判断し、突如、試合再開。ともに投げの打ち合いになって土俵上に倒れ、同体との判断になった。
f0086492_2122267.jpg


行司も裁く地位によって衣装がぜんぜん違う。初めの方に登場する行司は裸足で、足の裾を捲り上げている。十両ぐらいになると足袋を履き、足も隠れる。幕内上位になるときらびやかな衣装に変わり、軍配も光っていた。式守伊之助や木村庄之助はとても鮮やかな衣装だった。
f0086492_237474.jpg

            (木村隆之助)
f0086492_21324119.jpg

        (式守伊之助)

テレビでは幕内土俵入りは見るが、十両力士の土俵入りもあった。岩木山や霜鳥改め霜鳳旭天鵬らが十両にいるのはなんだか寂しい気がした。元三役の隆乃若が幕下に落ちていることも非常に驚いた。
f0086492_21354296.jpg

          (岩木山)

幕下の朝陽丸が気になった。十両では豪栄道を応援したい。

幕内土俵入り。色とりどり、面白い柄もあり、楽しめた。
f0086492_2140233.jpg

(東、土俵入り。向かって右の方に高見盛。その左には応援する豪風
f0086492_21411518.jpg

(西、土俵入り。右端の琴欧州の化粧回しがブルガリアヨーグルト!!)

続いては横綱土俵入り。朝青龍は雲竜型、白鵬は不知火型。
f0086492_21503945.jpg

f0086492_21505212.jpg


幕内最初のお楽しみは北桜。一挙手一投足に目が離せません。時間になると、ドラゴンボールの元気玉のように両手を大きく天に向けてあげ、大量の塩をまく。
f0086492_21581374.jpg


幕内の人気者、高見盛は朝赤龍戦。白熱した一戦になるも、惜しくも負けてしまい、花道を戻るときはしょんぼり。同体のようにも見えたため、館内からは取り直しを求める声が大きかった。
f0086492_221354.jpg


今日は満員御礼でした。2横綱で注目が高まっているんでしょうね。
f0086492_2216684.jpg

f0086492_22223764.jpg


その横綱は、まず白鵬の登場。今日の対戦相手は琴奨菊。危なげなく万全の相撲でした。
f0086492_22193764.jpg

結びの一番は朝青龍vs雅山。しぶとい雅山に、ハラハラする場面の連続だったが、最後はやはり横綱が強かった。
f0086492_22235299.jpg


締めは弓取り式。席を立ってしまう観客が多いけど、なかなか見ごたえのある儀式。男女ノ里が見事に弓を操っていた。
f0086492_22272877.jpg


今度はもっと前のほうで観戦してみたい。砂被り席を取るのは難しいのかなぁ。。。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-16 23:12 | 徒然なるままに

アメフトW杯

アメリカンフットボールの第3回W杯が日本で開かれており、15日に決勝戦があった。過去2回の大会を連覇していた日本は、今回はじめて出場したアメリカとの決勝に臨んだが、惜しくも敗れてしまったようだ。

●引用開始●


日本、競り負け3連覇逃す
アメフットW杯最終日

 アメリカンフットボールの第3回ワールドカップ(W杯)最終日は15日、川崎市の等々力陸上競技場で決勝を行い、日本はW杯初参戦の米国に延長タイブレークの末に20-23で競り負け、3連覇を逃した。

 米国は米プロフットボールのNFLにドラフト指名されなかった大学出の選手で編成されたチーム。試合は日本が第4クオーター残り約3分で17-17の同点に追いつかれ、敵陣25ヤードから互いに攻撃するタイブレークに突入した。

 1度目のタイブレークはともにFGを決めたが、2度目で日本は金親が34ヤードのFGを外したのに対し、米国が23ヤードのFGを決め、接戦にピリオドが打たれた。

f0086492_22203925.jpg

米国に競り負けて3連覇を逃し、ぼうぜんとする日本チーム=等々力

2007/07/15 19:18 【共同通信】

●引用終了●

●引用開始●

アメフット:日本、米国に惜敗し3連覇逃す W杯川崎大会

f0086492_22324932.jpg

延長タイブレークの末日本を破って喜ぶ米国の選手たち=等々力競技場で15日、小座野容斉撮影
f0086492_22325929.jpg

観客にあいさつする日本の選手たち=等々力陸上競技場で15日、武市公孝撮影

 アメリカンフットボールのワールドカップ(W杯)川崎大会は15日、川崎市の等々力陸上競技場で決勝が行われ、開催国の日本は米国(パンアメリカ代表)にタイブレーク方式の延長の末に20-23で惜敗し、大会3連覇を逃した。米国は初出場で優勝を果たした。最優秀選手(MVP)には米国のRBカイル・カスパーバウアーが選ばれた。

 ○米国23-20日本●

 米国が競り合いを制した。3点を追う第3クオーターにコフィンの35ヤードのFGで同点。第4クオーターに7点を勝ち越されたが、80ヤードのドライブをRBカスパーバウアーの5ヤードのTDラン(キック成功)につなげた。延長でコフィンが2本のFGを確実に決めた。日本はQB冨沢(オンワードスカイラークス)が2TDパスを決めるなど、獲得ヤードで上回ったが、試合終盤は動きが鈍り、米国のパワープレーを止められなかった。

 ▽日本・阿部敏彰監督 負けるとしたらこういう負け方だと思っていた。ちみつな試合運びができないと勝てないと感じた。これからは米国にあこがれていてはダメ。勝つつもりでやらないといけない。

 ▽米国・マコビック・ヘッドコーチ 前半はパワープレーを仕掛けたが、日本はうまく穴を埋めた。後半はカイル(カスパーバウアー)を使うことで日本の守備を広げ、中に入ることできた。

 ◇勝てる余地あった…日本、手痛い敗戦に

 延長で2度目の日本の攻撃。キッカー金親の34ヤードのFGトライはわずかに右へ外れた。金親のけった球はわずかに相手選手に当たり、微妙に方向が変化した。守ろうとした攻撃ラインが持ちこたえられなかった形だった。

 試合後は涙にくれた主将・DL脇坂は「体格を除いたら差は感じなかった。だが、その体格差から来る当たりのダメージとか、最後の方は苦しいものがあった」と明かした。スピードも技術も渡り合えた。だが、第4クオーターに敵陣20ヤードから米国のラン中心の攻撃に守備陣はズルズル後退した。結局80ヤードの前進を許した同点TDは、日本の消耗が激しかったことを示していた。

 攻撃の獲得ヤードは米国を上回り、QB冨沢は「今までやって来たことは間違いではなかった」と振り返った。言葉の通り第4クオーター4分、冨沢が右に走って守備陣を誘い、遅れて左へ走ったTE黛へ6ヤードのTDパスを決めるなど、戦術や個々プレーの精度も互角以上だった。

 だが、米国はエースQBが1次リーグ終了後、親族の結婚式のため帰国。QBは控えのオースティンが司令塔を務めた。日本がW杯の目標の一つとしていたのは「もっと強い米国を引きずり出すこと」。この目標を考えると、日本はフルメンバーではない米国に勝たなければいけなかった。勝てる余地はあっただけに日本には手痛い敗戦だった。【飯山太郎】

 ○…米国はファンブルロスト3、被インターセプト1と4回もターンオーバーを犯しながら、最後は地力を見せて「本家」の面目を保った。2TDを挙げたRBカスパーバウアーは「日本のDL、LBが強かった。試合前から強いと分かっていたので準備はしてきた」とホッとした様子。「日本をはじめ他国のレベルが上がっているのを見て驚いた」と、対戦相手をたたえていた。

 ◆タイブレーク 同点で第4クオーターが終了した場合に勝敗を決する方式。交互に敵陣25ヤードから攻撃を始めて得点を競い、同じ回数攻撃を行って得点差がついた時点で終了する。

毎日新聞 2007年7月15日 20時21分 (最終更新時間 7月15日 22時28分)

●引用終了●


相手はアメリカンフットボールの最高峰、NFL(ナショナルフットボールリーグ)のドラフトに引っかからなかった選手たち。本場の奥深さを見せつけられた結果になってしまった。

NFLはアメリカ4大スポーツの中で、日本人が唯一、立ち入ったことのない未知の領域。そんな舞台をめざし、何人もの選手が奮闘中。ことし限りでなくなったNFLの下部組織、NFLE(ヨーロッパ)で活躍し、アトランタ・ファルコンズのキャンプに呼ばれた木下典明選手が最も近い位置にいる。日本人が本場のフィールドを駆け巡る日も近そうだ。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-15 22:49 | 徒然なるままに

大雨の名古屋

朝から大雨の名古屋。梅雨のさなかに台風来襲のせいだろうか。そんな悪天候にも負けず、名古屋駅、栄周辺を1日中ぶらぶらしてきた。

名古屋駅でモーニングを食べた後、ミッドランドスクエア内を初めてじっくり見た。人出が少ないのは仕方ないのかな。けど、オープンしてまだ4ヶ月のこの時期にしては、少々寂しい気がする。名古屋人はもう飽きたのか!?まぁブランド店ばっかりで、少々胸焼けがしましたが^。^;

栄では三越、松坂屋と行脚。三越でネックレスを購入し、松坂屋では昼ごはん。食べた天ぷらは熱々で美味。海老が小ぶりで名古屋らしくなかった!

食後の運動のため、果敢に「ノリタケの森」へ。正規品だけでなく、アウトレット商品もあって、お得な買い物ができる。妻の両親には、正規品のシダ植物が描かれたティーカップを選び、宅急便にお任せした。

園内は入場料無料。赤レンガの建物が立ち並び、緑の芝生にカラフルな花が咲いている。晴れていたなら、昼寝にはもってこいの場所だ。中心地からそんなに離れていないのに、落ち着ける場所。
f0086492_2352855.jpg

カフェが併設されており、マンゴージュースにレアチーズケーキを食すが、マンゴーが非常に甘く、ケーキとの相性は×だった。。。

とどまる気配を知らない大雨に、目と鼻の先にある名古屋駅へはタクシーで戻る。ワンメーター590円(小型車)。高島屋でお買い物。今日(7月14日)からセール開始だったようで、仕事用の革靴と、初!アルマーニの淡いピンク単色のネクタイを購入した。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

とまぁ、これだけ動き回ったのは、母と妹が名古屋へ遊びに来たため。ネックレスは結婚する妹へのプレゼント。ネクタイは式用のアイテムに。

2人が実家へ戻った後、最後にビックカメラでデジカメをチェック。ネットで販売している店と比べ、値段がとても高い。この値段の差を埋めてくれる接客があれば、喜んでお店で買うのだが・・・。

台風がやってくる。。。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-15 02:41 | 徒然なるままに

DAKARAのピグリン

清涼飲料水DAKARAのコマーシャルが秀逸だ。ピーターラビットに登場する豚さん「ピグリン」が軽快に踊りまくってるあのCMです。なかなか我慢できない人間の欲求を的確に表現した歌にも共感でき、うんうんと思わずうなずいてしまう^。^;

DAKARAのサイトもお楽しみが満載。トップページには「私はどうしても●●が欲しいのです」。●の部分に入れた言葉によってピグリンが色んな反応をしてくれる。「あなた」「まくら」「ピグリン」「自転車」「財布」などと入れると面白い動きが見られますよ。けど難しい言葉を入れると、困らせてしまいます(^з^)

ピグリンは女性ダンサーが演じているようです。このギャップもまた面白い!これまでのCMも全部見られますし、壁紙やスクリーンセーバーもあって訪問する価値あり!です。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-12 23:55 | 徒然なるままに
新・世界の七不思議が決まったとのニュースが報じられていました。最終候補地の一つとして残っていたイースター島は選ばれず。日本から唯一、候補に上がっていた清水寺も落選したようです。

個人的には、イースター島が選外に漏れたことを歓迎したい。現地の方々は「せっかくの儲けのチャンスが・・・」と残念がるだろうけど、観光客がうじゃうじゃ押し寄せ、モアイが無残な姿になることを心配するよりも良いのではないだろうか(勝手な理論だけど)。

●引用開始●

万里の長城などを選出
新七不思議、清水寺落選

 【ジュネーブ8日共同】スイスの財団「新・世界七不思議財団」は8日、2000年以上前から知られている「世界の七不思議」に代わる「新・世界の七不思議」として中国・万里の長城、インドのタージマハルといった歴史的建造物などが選ばれたと発表した。

 最下位グループながら日本から唯一、最終選考に残っていた京都の清水寺は世界的な知名度では及ばず、入選を果たせなかった。

 同財団がインターネットを通じて世界中から投票を募り、寄せられた約1億票の中から選んだ。

 当選したのは中国、インドの両建造物に加え、ペルーのマチュピチュ遺跡、チチェンイツァのピラミッド(メキシコ)、リオデジャネイロのキリスト像(ブラジル)、ヨルダンのペトラ遺跡、ローマのコロシアム(イタリア)。

 欧米メディアによると、7位に入らなかったものの、「元祖」の七不思議のうち唯一現存するエジプトのギザのピラミッドは特別な地位を与えられた。


2007/07/08 10:44 【共同通信】

f0086492_1634721.jpg

ヨルダンのペトラ遺跡
8日、ヨルダンのペトラ遺跡の前で、選出に喜ぶ市民ら(AP=共同)

●引用終了●

イースター島の紹介はこちら。
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-08 16:21 | ラパヌイ

いたずら

伊藤若冲がつくった京都・石峰寺の五百羅漢像が倒された事件の続き。なんと小学生のいたずらだった。よくよく考えてみると、大人なら持ち帰って宝にするかな・・・。まぁ立派ないたずらをしてしまったので、反省して素直な人間に成長し、社会に貢献してくれればいいなぁ。

●引用開始●

「石仏倒した」2児童名乗り 
伏見 若冲ゆかりの石峰寺

7月2日8時59分配信 京都新聞

 京都市伏見区の石峰寺で今年4月、五百羅漢の石仏が倒され、一部損壊した件で、同区の小学生の男児2人が1日までに、「自分たちが倒した」と同寺に名乗り出て謝罪した。
 石峰寺などによると、男児らは学校関係者や保護者と同寺を訪れた。足が当たって石仏が倒れ、その様子が面白かったので10体ずつぐらい倒した、と話していたという。
 石仏は、江戸時代の画家伊藤若冲が下絵を描いて作らせたとされる。約30体が倒れ、5体が損壊した。

●引用終了●
[PR]
by kokoro-rokuro | 2007-07-05 23:40 | 徒然なるままに